【電力自由化の海外事情】アメリカ、イギリス、ドイツの問題点と現状

欧米諸国など、日本よりも先に電力自由化が導入された国は数多くあります。

そのような国々では、電力自由化はどのような経緯をたどり、どのような成果をあげたのでしょうか。

問題点や失敗事例はなかったのでしょうか。

アメリカ、イギリス、ドイツの3ヵ国をピックアップして、実情を覗いてみましょう。

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値上がりに歯止めがかからないイギリス

電力事業の分割民営化、発送電分離の先駆けともいえるイギリス。

しかし、電力自由化以降、各家庭の電気代はむしろ値上がりしています。

 

▽電力自由化の経緯

イギリスでは国営の中央電力公社が電気事業を独占していました。

1979年以降、国営企業の民営化が推進され、中でも不況を脱出する経済政策の柱として電力自由化が進められることとなり、1999年には家庭向けにも電力自由化が導入されました。

しかし、当初は、発電した電力をプール市場(卸売市場)へ集め、それを販売していくという「強制プール制」が採用されました。

そのため大手企業が市場を操作することが容易で、価格が下がることはありませんでした。

その後、プール制は廃止され、2002年にはNETA、2005年にはBETTAという新しい制度へと変わり、競争的、効率的な取引へと改善されることとなりました。

現在では、発電事業者の顔ぶれも刷新し、ドイツやフランス、スペインの会社を加えた6社が95%程度のシェアを持っています。

 

▽結果と問題点

イギリスでは、「強制プール制」がうまく機能しなかったことが原因となり、自由化された当初は、電気料金は高止まり傾向でした。

しかし、そのことを教訓に整備された新電力取引制度NETAの導入によって電気の卸売価格は40%下落しました。

このように、一旦は成果が出たものの、2004年頃からは電気の価格は上昇傾向となり、現在の電気料金は2004年の約2倍となっています。

価格上昇の理由のひとつは、燃料として使われる比率の高い天然ガスの高騰です。

 

イギリスの場合、電気料金のうち3分の2を発電にかかるコストが占めているため、燃料費の変動が価格の変動へと繋がりやすいという難点があるのです。

他にも、利益を優先したためにインフラなどへの投資が遅れて供給能力が低下したことや、二酸化炭素削減目標達成や再生可能エネルギーの導入などのコスト増も、値上がりへと繋がりました。

こうした状況下のイギリスでは現在、価格上昇が更に進むことへの危機感から、新たな電力市場改革への動きが始まっています。

 

供給の安定を担保できなかったアメリカ

1990年代に電力自由化が進展したアメリカですが、数々の問題に直面することとなります。

 

▽電力自由化の経緯

アメリカでは、経済の活性化のためには安い電気が必要との考え方から、早い時期に電力自由化が進められてきました。

送電線を所有しない発電事業者も電力市場へ参入することが認められ、送電線の解放が義務付けられました。

これによって、消費者はどの地域のどの電力会社からでも電気を購入することができるようになり、アメリカの電力市場は完全な競争のもとに置かれることになりました。

 

しかし自由化の弊害もありました。

2000年夏から翌年にかけてのカリフォルニア州の停電は、電力会社が充分な電力を確保できなかったことが原因でしたし、2003年の北米大停電も電力自由化によって電気供給の質が低下したことが一因ではないかと言われています。

 

▽結果と問題点

カリフォルニア州で、2000年夏から翌年にかけて停電が頻発した事態を引き起こした原因は、電力の供給量不足でした。

供給量不足をまねく原因となったのは、天然ガスの価格の上昇と電力需要の拡大、猛暑の影響による電気の卸売り価格の上昇です。

アメリカでは様々な規制があり、電力会社は、発電事業者から卸される価格の上昇を小売価格へ転嫁することができませんでした。

 

そのため電力会社の経営は悪化し、その一方で発電事業者は、利益の確保のために供給量を抑え、経営が悪化した電力会社へ売り渋りをするようになります。

結果、足りない電力を賄えず、大規模な輪番停電へと至ったのです。

需要と供給のバランスが大きく崩れたにも関わらず、過度な競争によりバックアップする存在がいなかったことが引き起こした事態でした。

これ以降、電力自由化を導入する州は少なくなっており、電力自由化の動きは停滞している状況です。

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大電力会社と地域インフラ会社が市場を席巻するドイツ

ドイツでは、電力自由化当初は電気料金が値下がりし、成果が上がったように見えました。

しかし、その後は値上がり傾向へと転じます。

電力会社の変更率も低く、競争が活発化したとは言えません。

 

▽電力自由化の経緯

従来のドイツでは、8つの大きな電力会社と、1000以上ある市が出資した小規模な地域インフラサービス会社(シュタットベルケ)が電力市場を担っていました。

1998年に電力自由化がスタートすると、さらに100社以上が市場に新規参入しました。

 

対する既存の電力会社は、設備投資を抑制し低価格の電力を提供すると同時に、送電線の使用料金を高く設定することで、新規参入会社を牽制したのです。

激しい価格競争の結果一時的に電気料金は下がりましたが、一方で新規事業者の倒産が相次ぎ、電力会社同士の合併や提携の動きが激しくなりました。

 

結果、8大電力会社は4社に集約されることとなりましたが、新規事業者の撤退に伴い、シェアは自由化前よりも却って高まっています。

ただし、現在は脱原発や再生可能エネルギーを推す声が高まり、そのシェアも低下してきています。

 

▽結果と問題点

電力自由化で劣性が予想されていたシュタットベルケは、意外にも多くが価格競争に価値残り、電力市場において高いシェアを得ています。

シュタットベルケが提供する電力は、特別安いわけではありませんが、地元に密着したサービスなどを提供することで、

安心感と信頼感を与えることに成功したのです。

 

一方、1年分の電気料金を前払いしたにもかかわらず倒産に至った新規事業者も少なくなく、新規事業者への消費者の信頼は失われていきました。

しかし、依然ドイツには数千社もの電力会社が存在します。

その料金プランは1万種類以上にもなるため、電気料金を比較しプランを提示してくれるウェブサイトを通して電力会社を選定することが主流となっています。

 

先例を踏まえた制度の整備が必要

上記3国だけを例にとってみても、諸外国の電力自由化は決して順風満帆というわけにはいかなかったようです。

市場競争の活発化は、うまく機能すれば電気料金の値下げなどに繋がりますが、競争ばかりに眼を向ければ、諸外国と同じ轍を踏む結果になりかねません。

市場の公平性や安定供給と万が一の場合のバックアップが担保される制度作りが、電力自由化には必要不可欠なのではないでしょうか。

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